- インディアンには好戦的な部族も多く、互いに殺し合うこともあったが多分に儀式的な部分もあった。
- 初期の入植者たちは飢餓に苦しみ全滅したグループもあったが随分とインディアンに助けられた。しかし、恩は帰り見られず後に駆り立てられることになる。また、キリストの名のもとに虐殺された。
- 中期には牧場主のように裕福な暮らしをする者も出たが、いずれ資産は没収される。
- 文字を持たない事がインディアンの弱点であると気が付き、表音文字を発明した天才がいた。これによって各部族が団結してゆく。アメリカ合衆国の連邦制は実はインディアンに倣ったともいわれる。
- インディアン社会はおおらかで魅力的で毛皮商人には部族の中で生活する者、少年期・青年期にインディアンになる白人がいた。ダンス・ウィズ・ウルブスみたいですね。
- ウソ・詐欺行為・略奪でドンドン領地は白人に浸食されていった。互角に戦った時期もあったが多勢に無勢、強力な火器で不毛の地に追いやられた。
- 初期の大統領はトランプよりも酷かった。ケネディでさえ問題には沈黙を守った。
「文化・芸術」一覧
先日読み終えた本。文庫で1974年発行。私がネットで買った本には94年15刷と書かれている。一々考えさせられるので中々先に進めなかった。
等々、私が要約したので正確ではありませんので、是非読んでみて下さい。
カナダの中央部・サスカティワンに行った際、ごく小さなビルの2階にあったインディアンセンターを訪ねました。英語が分からないと見るべき資料はありませんでした。街から離れた丘の上に保留地がありましたがちょっと近寄りがたかった。都市の黒人貧民街より一段と悲惨な状態にあり、人目に付かない所に作られているという。リベラルな白人たちの間でもタブーの様に感じました。
入植がはじまって500年ほど、インディアンの歴史が数千年。強欲主義が終焉を迎えるのは意外と早いかもしれません。それは世界が無に帰るということですが。
下名野アートキャンプ2018
朝、疲れ切って一泊二日のアートキャンプから帰って来ました。
「しもなの郷」の朝食に間に合うよう、薄暗いうちに出発。
今年もやって来ましたよ。
7時からの朝飯前に現地でユキちゃんの散歩を済ませました。
マイナーなポイントなのに、どこで情報を得るのかキャンプ場は満杯。県外客多し。
私の今回のお題は「寒天で型取り」。あまりに忙しく、前半は写真を撮ることも出来ませんでした。
寒天を冷やしているの図。
その間にYさんの野点教室。炭を熾している間に準備運動。私は炭熾しを手伝った後、後半戦の準備。
台風とセットになっていると言われるアートキャンプですが今回は好天に恵まれました。
寒天の雌型に石膏を流し込みます。全くやる気のないTAKA。
こんな感じで出現!
寒天ですから型は一度しか使えません。
石膏を流し込むのとコップの中で固定するための「湯口」は丸棒をメルトガンで接着します。
今回はあらかじめ、ピーマンと豆電球を用意しました。ズレたり、型が欠損していた方が面白いな。2時間の授業でギリギリでした。
反省点:結構微妙な作業があり、スタッフが全部やってしまう箇所が多かった。まあ、これは毎度のジレンマですけど。
素展
昨夜は台風のせいか涼しく、朝の気温は22℃。本日もエアコン要らずだった。
昨日はアートキャンプのメンバーによる「素展」を見に行きました。
四国の仲間と合同展です。
スゲー!フリーダ・カーロみたい。
う~ん、
綺麗な色使いですね。
リンゴの中に無数のリンゴが。
初日でしたが人出もまずまず。
Sちゃんはカメラ目線で。
湘南の「梓」で俺と二人展をしたTAKAはにやけていた。
今回はカラーの作品にもチャレンジしていた。額に入れたら映えると思います。
レーザー加工機を使った商品もあった。
販売されているグッズも良く出来たものが多く、どんなところで売るよりデパートに営業をかけるべきだろう。図案はユニクロに買ってもらうとか。
その前に俺の家具も買ってくれないと干上がりますけど。
ジョン・スタインベック
今日は扇風機をかけてちょっとだけ仕事をした。
友人が俺の北海道旅行のブログで思い出したという、ジョン・スタインベックの「チャーリーとの旅」図書館に注文して読んでみた。今一だった。買わなくて良かった。「エデンの東」の原作者です。まあ、訳文なので偉そうなことは言えません。
キャンピングカーで自国アメリカを巡るエッセイです。添付の地図はないけど今ではすぐネットで調べられるからな。重いブリタニカを開かなくともよい。
でも、この方ノーベル賞貰ってんですよ。ヘミングウェイも。どちらも大した作家じゃないし、アメリカ人でももっと面白い作家はいると思うのですが。こんなんで貰えるんなら日本人は続々でしょう。春なんとかさんは読んだことないから分かりませんが。(ヘミングウェイは数冊読んだが、スタインベックは読んでないのです。)
これは日本語がマイナーだからだろう。ググってみると矢張り受賞者数は英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語の順。
しかし、ノーベル賞作家でよく読んだのはヘルマン・ヘッセ、トーマス・マンと川端康成ぐらいのもんだった。
下名野のアートキャンプ2017 後編
政治はドンドン茶番劇に近くなってきますね。言葉がない。
2日目はTさんと私の「お茶」の時間。今回私はサポートです。
野点の予定でしたが、外は大嵐です。
S太郎のエア茶筅のパフォーマンス。お道具に凝ったらきりがないのでヤカン点前です。
干菓子も配られました。
S君の意味不明のポーズ。「待て!」なのか?
お茶は日本人のDNAに組み込まれているのか、なんとのうシックリはまった企画でした。
午後からは「行燈造り」でした。
夕方、台風が直近を通過。眼下の谷は猛り狂います。
でも、朝には早くも笹濁りに。排水量が凄いからな。
お!今地震がありました。
キャンプ場までの道は川となっていた。
谷を流れ落ちた土砂で塞がっていた。
2日目、国道33号線は通行止めとなっていたが、3日目の朝には予想通り解除された。
何とか今年も無事終了。でも、アートキャンプは凄く疲れます。
下名野アートキャンプ2017 前編
すでに小雨のパラつく中、土曜の10時に下名野川へ出発。台風前なので流石に車は少ない。「湯の森」もキャンセルが多いだろう。
こういう岩板地帯なので台風被害は意外に少ないようです。
昼飯に間に合った。栗ご飯。地物のジャガイモが大変美味しいのでお代わりする。
何年か前にやった新聞ドーム。最近はネタ切れ気味です。
共同作業では全く動かないペインターT氏。
K嬢は36キロ痩せて女っぽくなった。
M嬢は年末ワシントンでピアノ公演をするのだとか。
今回は初日がバーベキュー。確かに2日目は絶対無理でした!
何ちゅう名前でしたっけ?4枚羽で飛行している様は「ナウシカ」そのもの。
頭部がないような。
両サイドが欠けているのがデザイン的に秀逸。
もう少し早く出て来ていたらバーベキューで・・・・・。
夜の部へ。囲炉裏はちょっと早かった。
アイヌ語と高知
高知と和歌山にはアイヌ語地名が多く残っていると言われます。実際、沖縄や高知にはアイヌ顔の人が多いです。
寺田虎彦説で有名なのは「四万十」 シ(甚だ)・マント(美しい)です。あくまで説だそうですが、どう考えても他の地名とは違和感がありますよね。私は口屋内(くちやない)や穴内(あなない)も当て字だと思います。以前、古本屋で高知のアイヌ地名に関する小冊子を買ったのですが行方不明です。
釧路湿原の民俗館にあった入植当時の写真。アイヌの服を着ていますが船は丸木舟ではなく和船ですね。「ぺカンペ(菱)採り」と書かれています。当時は今よりも湖は広く一家に一艘舟があったそうです。なんかチチカカ湖みたいですね。ロマンあるな~。

