昨夜はいの町の花火大会でした。
死んでもビールを放さない面々。時々小雨。
普通に撮影しても面白くないので・・・・・
モネの睡蓮みたいです。
カメラをシャッフルして撮影します。
こちらはちょっとクレーのようです。
いま一つ。
海の生物のような・・・・・
パワフルです。
幽玄の世界。
最後はK太くんのD難度、地上3回ひねり・変顔。
昨日は雨の中、「星ヶ岡アートビレッジ」で開催されている石彫作家の松崎勝美さんの個展を見に行った。
しつらえといい、ロケーションといい、これだけのギャラリーはめずらしいと思う。
82歳でやっと免許を返上してくれた両親とモモ同伴です。
偶然、蜂がとまったので、この仏さんを選びました。
目と鼻が直列する独特の造形です。
母親は、版画の方が気に入ったようでした。
実はスポンサーから「是非、見に行くように!」と言われていました。それは「まとまった買い物してこいや!」という意味でもあります。
スポンサーのご意向は絶対ですが、気に入らなければ、死んでも買わない私でもあります。
ジャンルの違う展覧会もいい刺激になりますね。
ついでに最近、ビッコをひいて歩行がやや不自由なモモを病院で診てもらいました。
特別にここが悪いということはないそうで、様子を見ることに。
「早よ、帰ろうよ!」
政府はもう溶解していますね。ギリシャと実際上変わりません。
地域に貢献するために、「いの美術展」にミニベンチのプロトタイプを出品していました。
いの町の文化祭みたいなものだと思っていたら、意外にレベルが高くて驚きました。高知県全体から募集して、入選率は50%だという。展示もスッキリしていていいいです。
褒状を頂いた。まあプロだから当然かも。授賞式には二日酔いで行かれなくてスミマセン。
大賞は20万貰えるというから来年は頑張ってみるかな。昔、そうやって賞金稼ぎをしていたら「みっともない!」と言われましたけど。
この方の作品はいの町のあちこちで見られます。俺は好みです。自動車修理のオジサンが作っているらしい。
街の古民家や空き家、倉庫で現代アートの展示も行われています。昨日まででした。
いの美術展も含め、これらは、ボランティアで運営されていて頭が下がります。
NHKの日曜美術館で昨年98歳で亡くなった彫刻家・佐藤忠良をやっていた。
忠良先生は隣の造形大の教授だったため、多摩美の彫刻科でも時々講義をされました。格式ばったものではなく、彫刻仲間に呼ばれてのことだったと思います。ざっくばらんなお話で、他の学部の生徒やポーズをとってくれるモデルさんにも人気でした。
大事な話は覚えてないのですが、先生が過酷なシベリア抑留生活で生き残れたのは“春画”を描いて提供したからなのだそうです。春画を描いていれば労働はしなくて良かったらしいです。NHKでは言わなかったけど。ポルノもない当時、また、そのような絵画のないソビエトにおいて、相当なものだったに違いありません。詳しい話を覚えてないのが残念です。
* 忠良先生の作品では、カンカン帽をかぶって股を広げて座っている女性像が有名ですが私は好きではありません。もっと素朴な首(頭部)なんかに良いものがあるような気がします。
ここからは、叔父さんに聞いた話。
満州の軍需工場などは、ソビエトに接収されており、優秀な技術者や研究者は特別待遇を受けたそうです。
屋外の強制労働はなく、暖房の効いた個室で作業をさせられたそうです。そのうち、忙しいわけでもないのに、超美人のアシスタントが付くそうです。しかも、ミニスカート。当時あったんかいな?
狭い部屋で旋盤加工なんかするわけですから、見るとはなしに視線がいくと・・・・・・なんと、ノーパンなのだそうです!・・・・・・まあそうなると、大抵の男がどうなるか想像がつきましょう。
国際法に違反したシベリア抑留ですが、如何にソビエトといえども永久に留めておくことは出来ません。こうやって帰化させたわけですね。ウィキペディアにも恋仲となって帰化した例があると、ちゃんと出ております。なんか、捕虜も悪くないような気がしますね。アシスタントが来る前に、合コンとかあったら、もっといいですね。でも、妻子がいた人もいるんだろうな。
私はロシアには行ったことがありませんが、「坂の上の雲」なんか読むと、ロシア人にはアメリカ人よりは好感が持てます。政治家は別ですが。
今日の話は下品ですが、ためになったと思います。
80年代訪朝が盛んだった頃、自民党議員が北朝鮮で何をしてきたかという話もありますが、またの機会にします。
仕事をする気にならなかったので、高知市のカルポートで開催されている、「画楽プロジェクト・アートと暮らし」を見に行った。
「しもなのアートキャンプ」のメンバーが中心になって展示しているが、全国からも出展があった。
これはサーフボードじゃなくてサツマ芋だそうです。そうは見えんがな。
まるっきり、ワイメアガンじゃがな。
セイジ君の西部警察シリーズ。左は祐ちゃんのブラディーだそうです。
ケイコさんの平面と立体。
会場の一部。ロフト風で実に広大です。
俺より絶対に上手い。何年も勉強したはずなのに。
しょうちゃんはクレイ粘土で実演販売していました。
こちらは、大竹伸朗よりインパクトがあります。
薬のパッケージのコレクションは確かに魅力的です。
しょうちゃんのチラノザウルス(痩せてる・体長10㎝)を購入。
後で木の展示台を作ります。
セイジが3回も営業に来たので、定番のTシャツを渋々買う。いや、前から欲しかった。
楽しめました。明日までです。
華道家の中川幸夫さんが亡くなった。93才。
若い頃はあまり好きではありませんでしたが、年とともに段々惹かれてゆきました。考えてみれば、成年男子で「お花」に傾倒する人はあまりいないと思います。
凡々とした華道家の中で、傑出した存在です。その割には世間の評価はいま一つのような気がします。また、外人には理解出来ないかもしれません。
今後、再評価の動きがあるかもしれませんが、絵画や彫刻と違い、写真でしか残らないのが残念なところです。
昨日は背に腹は代えられず、腰痛をおして奈半利町に納品に出掛けた。
立派な神棚。ご主人の話では、140年前に家を建てた大工が作ったものではないかということ。
同感です。少しも手慣れた所がないし、柱に恐ろしく目込みの魚梁杉を使っているあたり、建築のスケール感を分かっている人だと思います。
良く見ると凄いんだけれども、厭味な所が全くない。
昔は、棟梁が夜なべして神棚をプレゼントしていたのかもしれませんね。
今時の機械で作ったペラペラの神棚と比べると、文明は進んでも文化は廃れたというか、人間は馬鹿になりました。
懐が暖かくなったので、ホテル「なはり」でイカと野菜の天ぷら定食を頂く。流石にアオリイカを使っているようでした。
帰りに、田野町の「二十三士の墓」を訪ねました。
大した抵抗もせずに捉えられ、ポンポンと首をはねられたそうですが、追手は自国の藩士であり、複雑な心境ではなかったでしょうか。
日本海で波乗りし過ぎたうえに、正座をしたら膝がガコガコになりました。年を考えんといかん。
足立美術館に入る前に、掻揚ソバを食べました。安来ですからドジョウが沢山入ってました。蕎麦は旨いな。
米誌の“日本の庭園ランキング”で常時1位らしいです。まあ、外人受けしそうじゃな。
後ろの山が借景となっております。5万坪もあるそうですから、普通の広角レンズでは無理です。
UFOも良く見に来るらしいです。
っま、よく出来ている。
右手後方に人工の滝まであるのは、やり過ぎだと思います。
途中で抹茶を頂きました。
シミじゃなくて、横山大観による山水です。側は杉で扉は桐のようでした。
大観のコレクションが充実していますが、ハッキリ言って私は大観はわかりません。でも、他の作家の良い物もありました。
ナイスだった古径の掛け軸の絵葉書を買いました。
足立美術館、一見の価値はありますが、必見ほどではないように思えました。
イブの夜、端材を加工して木札を作って丁半賭博の準備をした。
昔から、是非やってみたかったのです。
「若旦那、駒をまわしますから、もうちょっとやってみね~」とか。
マテ貝掘りのクワも使うはずでした。
こんなアホな企画に付き合ってくれるのはK太君しかいない。
しかし、奇数と偶数をまだ習ってないので無理だった。まあ、本当はギャンブルには興味がない。(髪が生えてご満悦のお父さん)
でも子供たちは勝手に遊び方を考えてくれます。
テレビゲームより面白いと思うんですが。
自分でやっても楽しめます。
大きさが不ぞろいなので難易度大。
三池炭鉱O氏が私にプレゼントをくれました。
一応、服を着せて飾ってありますが・・・・・ウ~ン。
なんか風邪ひいたかな?
まとめて留守中の新聞読んでみると、除染のことやら、沖縄問題、経済など、こんなブログを書いてていいのか、無力感を感じます。
上海は高層ビルが増えたようですが、7年前と比べると激変したのは、
1、ワーゲンの「サンタナ」一辺倒だった車が、多種多様になって中心部ではポルシェやフェラーリも見かけます。
2、長屋が消えて、高層マンションの乱立。
3、2丁拳銃よろしく、ベルトの左右に携帯電話を吊り下げていた、御上りさんは見かけなくなって、ファッションも東京と大差ありません。電話はスマートフォンだし。
4、露店で普通に売られていた偽ブランド品は姿を消したが、客引きは多い。
それから骨董品・・・・・・・・・・・・・・・・
7年前の「豫園」内の官営の骨董屋には、時代はないものの、手ごろで良質な骨董品が売られていました。
お客さんも少なかったので、片言の英語が出来るおじいさんを相手にあれやこれや品定めして、“水仙鉢”を買い求めました。
その時、とてもよく出来た銀製の紹興酒の酒燗器があったのですが、買い物旅行じゃないので、諦めました。
また、魅力的な小さな銀製の箱の用途が分からなかったので、絵まで描かせた結果、コオロギの格闘場と判明しました。
まだあるかも?と訪ねて見ましたが、今出来のまがい物ばかりになっていました。おじいさんもいませんでした。当時も熱心に品定めしている中国人がいましたし、今は大変な骨董ブームらしいです。
市場には出回らず、ネットオークションで取引されることも多いと聞きました。
実は最近“玉”が私のマイブームになっていて、石の質が悪くて値段が安く、形の面白いものはあったら買おうと、政府公認の骨董屋も訪ねました。(写真は上海博物館収蔵品)
そこにも大したものはありませんでした。長さ4センチ、厚さ3ミリ、“欠け”ありの龍の玉が気に入りましたが、8万元!(¥100万以上)でした。東京で買うより高いような気がします。
ほんで、仕方なく買ったのがこれ。
羊の鍵はまがい物だと思います。でも、よく出来ています。暇になったら、これに似合う箱を作ろうと思います。
猪口は数物です。1個50元。
もう、中国のお土産はコンビニで買った方がよろしいようです。